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□あおたま怪談 0005

『優良物件』



 親元を離れて一人暮らしをすることにした。別に実家暮らしに不安があるわけじゃないけど、私もそれなりにいい歳だし、甘えすぎているという実感はあったから、ある意味では自分自身を見つめなおすための冒険、といった感じか。高校生とか、あるいは大学生だったら別に実家暮らしで全然かまわないと思うんだけど、やっぱり、社会人になってもう数年が経つんだから、その辺はしっかり自立していかないと、というのを、周りの同世代を見ていて最近思うことが多かったのだ。
 そうして土曜日の昼下がりにインターネットで物件を探していると、駅から近いところで、しかもコンビニやスーパー、あらゆるインフラが徒歩圏内というとても恵まれたアパートを見つけた。今の私の収入からすると少々高く感じるけれど、それにしても、その物件は安かった。その周辺の同じ物件と比較しても、それこそ半額とまではいわないけれど、それに近いくらい安い。じゃあボロボロの古い物件なのかと思って写真を見ていると、どうやら何の問題もない。それどころか、まだ築1年以内で、日当たりも十分にあって、内装もとてもお洒落。あまりにも都合のよすぎる物件だった。
 そんなうまい話があるわけがない、というのは私も思った。それですぐに、事故物件の情報サイトを漁ってみたけれど、そういった話は一切出てこない。霊感が強い私の母にも写真を見てもらったけれど、この物件はまったくもって大丈夫そう、とお墨付きをもらった。まあ素人の母にお墨付きをもらったから何なんだ、という話ではあるけど、私はすぐにそのサイトに書いてあった連絡先に電話して、内見の予約を取り付けた。
 それから数日後、実際に内見してみて驚いた。写真で見るよりも部屋はずっと広く感じたし、キッチンやトイレ、お風呂も汚れ一つない、ほぼ新品同様だった。日当たりも思っていたよりしっかりしていたし、収納もサイトの画像だけでは判断できないところにも十分にあった。私は母と相談して、その日のうちに契約することを決断した。

 引っ越しは兄や父が手伝ってくれて、業者なしで終えることができた。実際、それほど私は荷物を持っている方ではないし、最低限の家具や家電は備え付けの物があって、まったく問題なく生活できる環境は整っていた。下調べをしているときは気づかなかったけど、周辺にはインターネットでも話題の飲食店があったし、たまに会社の上司から差し入れでもらう美味しいケーキ屋さんもあった。それでいて家賃はその周辺の同じ条件の物件よりもずっと安い。家も思っていたよりずっと広いし、私はなんとなくセレブにでもなったかのような感覚で、悠々自適な毎日を過ごしていた。
 事故物件の情報がなくたって、この建物が建つ前に何かがあったとか、近隣が何かトラブルのもとになるものがあるとか、そういうのを気にしていたけど、数ヶ月住んでいてもそういったことを意識するような出来事もなかったし、大家さんも隣人もとてもいい人で、本当に幸せな日々を過ごすことができていた。やがて、このアパートのこの部屋だけが異様に安い理由など全く考えないようになった。
 そんなある日、夜中にふと目が覚めた私は、寝なおすにしてもそれほど眠気が起きずに、再び眠気が来るまでスマホをいじりながら時間を潰していた。翌日は休みだし、今日夜更かしして明日起きられなかったとしても、それほど問題は無いのだ。そうしてだらだらと過ごしていたら突然、ドン、という何か鈍い音が、何やらほんの少しだけ遠い場所から聞こえてきた。それこそ、エアコンなんかをつけていたらまず聞き取れない程度の、かすかな音だ。
 気になった私は、音のする方の窓を開けた。そうして何が起きているかを理解して、すぐにスマホを手に取り、あることを調べた。そうして、この部屋が安い理由も、築1年以下でありながら前にこの部屋にいた人がすぐに出ていった理由も、なんとなく察しがついた。
 私の部屋から見える直線上、路地の向こう側に、一棟だけ、ほんの少しだけ高さのあるビルがある。そこが、この辺では有名な事故物件、それどころか心霊スポットであり、自殺の名所ともなっているらしいのだ。そして、ドン、という鈍い音は、そこから飛び降りた人が地面に打ち付けられた音なのだ。
 なるほど、隣や下の階の部屋と比べてこの部屋だけが安い理由も納得ができる。路地にはいろいろにものが置いてあるし、とても細いから、あの場所が見えるのはこのアパートの中ではこの部屋だけなのだ。そして最新の情報からして恐らく、前の住人はその現場を見てしまって、それがトラウマになったのだろう。
 やがて、パトカーの音が聞こえてきた。通行人か周囲の住人かが通報したのだろう。寝静まっていた町に野次馬たちの喧騒が響く。私はカーテンを閉めて、ベッドにもぐりこむことにした。

 それから随分と時が経ったが、私はそのアパートに未だ住み続けている。あれからも何度も同じような事はあったし、そのたびに私はそれを目撃している。それでも、引っ越そうだとか、怖いだとか、そういう事は全く思わなかった。霊感がないからでも、呪いや怨念などを信じていないからでもない。
 だって、人が死ぬのを定期的に見られる部屋なんて、この上ない優良物件だと思うから。



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