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『理科準備室』
遍く心霊スポットと呼ばれるものたちは、どれも根拠のないまがい物だと思っている。トンネルや電話ボックス、幹線道路沿いの脇道や廃墟、事故物件、そういった「それっぽい」環境とそれを取り巻く低周波音や風の音、それらの色々な要素が複合して、理解しがたい違和感を脳内で心霊現象に昇華させているだけに過ぎない。明確でない不可思議な現象を、そこで起きた事象によって理解しているだけのものなのだ。少なくとも私はそういった経験を一度もしたことはないし、周辺にそういった経験をした人間もいない。そもそも過去に何か起きた場所が心霊スポット化するのが真だとするならば、この日本の中でそうならない場所などほとんどないはずなのだ。 教え子たちの中にはそういった心霊話が大好きな者もいる。別に、私はそれを否定することはしないし、どう思いますか、と問われても、信じない、とまでは言うが、それ以上頭ごなしに否定するなどはしない。無論、危ない場所や私有地、教育上良くない場所に赴こうとするのであれば教育者として全力で止めるが、そうでないならば別に何をするにも止めはしない。そうして実際に行ってみて、その上で何も起きないことを知り、そうして大人になっていけばよいと思っている。 そういえば、私が常にいるこの理科室もまた、学校の怪談だか何だか知らないが、そういった心霊話の対象になっているらしい。無理もない。動物のホルマリン漬けや骨格標本、一般的には気味悪がる人間が多いであろう物が学校の中で一番密集しているのがこの理科室だ。授業で使うもののみならず、遥か昔から存在はしているが処分されていない色々なもの、あるいは私が私物として持ち込んだものも一部あるが、そういったものが、思春期真っ只中の生徒たちにとっての大きな刺激としてその溢れんばかりの感受性に働きかけているのだろう。 もしも心霊という現象が真実であるならば、朝から晩まで理科準備室に引きこもっている私が、一度もそういった体験をしていないことが一番の違和感である。確かにこの学校に赴任してからは2年目とはいえ、毎日朝職員室に行き、会議などを除いては常にこの理科準備室で日々の実験の準備やテストの作成、採点、その他諸々の授業に関わる雑務をこなしながら、たまに来る生徒の話し相手になったり、或いは授業で分からなかったことについて個別に相談を受けたりしている。それだけここにいて、何も恐怖体験が無いのはおかしな話だろう。 そんな引きこもり状態の私のところに来る生徒は、よほどの物好きか何かしらの当番、あるいは赤点となった生徒が仕方なく来るばかりで、好き好んでここに来る生徒はほとんどいない。生徒たちの間で私が怪しいマッドサイエンティストと呼ばれていることを、私はちゃんと知っているのだ。そんな中で、例外としてたった一人、ほぼ毎日私のところに来る小柄な女子生徒がいた。名札を付けていないし名前は憶えていないが、とても勉強熱心で、化学にかなり興味があるらしく、いろいろに範囲外のところまで教えている。ただ、その生徒を授業で見たことが無いので、おそらくは不登校か何かで相談室登校になっている子か何かなのだろう。前の学校でも数人はクラスに行かずに相談室で別途勉強している生徒がいたようだし、おそらく最近はそういう子も珍しく無いのだろう。実際彼女もかなり内気なようで、質問は積極的にするが、ほとんど聞こえない蚊の鳴くような声で、おどおどと質問してくるような感じなのだ。嫌な話だが、そういう子がクラスに馴染むのは、確かに難しいことだろう。 そうして今日もまた、私は休み時間にその子に勉強を教えていた。するとそこに、ちょうど2年生の生徒が何かを取りに来たようだ。 「どうした?」 「授業でちょっとシャーレを借りてきてほしいって言われたんですけど、もってないかなって……」 「シャーレ? なんの授業だか知らんが……まちょっと待ってろ」 私は一旦女子生徒への指導を中断して、背中側にあった棚から数枚のシャーレを取り出す。 「何枚くらいいるんだ?」 「4枚あれば大丈夫らしいっす。何するんだか知らないんですけど」 「それくらい聞いてこい。ほら――」 振り返った時、女子生徒はおらず、先ほどの生徒だけがそこにいた。 「……どうしました?」 「あれ? さっき小柄な女の子がいたろ? どこ行った?」 「女の子……? いや、見てないっすけど」 「え?」 「俺が入ってきた時点で、この準備室にいたの先生だけっすよ」 「……」 なるほど、全て理解した。つまり私は、この理科理科室にいて心霊現象を体験していないのではなく、それが日常であったから、それに気づかなかっただけなのだ。 「この理科室の怪談って知ってるか?」 「え、まあ……有名なんで。あれでしょ、昔の制服の女の子がここで窓の外を眺めてるって」 「……なるほどな」 心霊現象というのは、脳か何かのバグだと思っていた。しかしどうやら、心霊現象というのはごくありふれた現象であって、気づかないうちに遭遇していることもあるような、ただそれだけのことなのだ。お化けや妖怪の類は前者だろうが、幽霊というのは、もしかしたら意外といつも関わっている話なのかもしれない。 生徒にシャーレを渡して、再び椅子に座る。目線を下ろしていたほんの一瞬の間に、先ほどの女子生徒はそこにいて、まだ教科書を眺めている。私は先ほど来客がある直前の彼女の質問に、私はまだちゃんと答えていなかった。 「続きをやろうか」 私がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。 あおたま怪談に戻る ▲ページの上部へ |