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□あおたま怪談 0033

『冷たい石』



 石の上にも三年という言葉は、冷たい石の上にも三年座っていれば温まるから長く物事に取り組めということを言った言葉だ。そのように、石というものは基本的に冷たいものという印象があるものだ。尤も、真夏の日差しで焼けた石は熱いものであるが、よほどの日差しでもない限り石というものは概ね冷たいものであるといって差し支えないだろう。
 だとしても、それは石の熱伝導率により手の温度が奪われやすいからこそ感じる感覚の差でしかなく、常温、例えば20度の部屋や空間にあればそれは20度でしかなく、そこの空間と比較して極端に冷たくなるものではないはずだ。無論、日差しを浴びればその分温まりやすいものであって、直射日光を浴びて外気温より低い状態を保つことなどないはずだ。
 しかし、そうだとするならば、我が家の庭にある、ひときわ大きな石は異常である。なぜならその石は、真夏の直射日光を存分に浴びても、その石はひんやりと冷たく感じるどころか、まるで冷蔵庫や冷凍庫から取り出してきたかのように「物理的に」冷たいのである。

 この石がいつからあったかは分からないが、私達家族がこの田舎の一軒家に一目ぼれして購入を決めたときにはもう既にあって、庭の中央、普通に考えたら邪魔にしかならないであろう場所に置かれていたものだ。触ってみるとひどく冷たく、まるで雪か氷の塊を掴んだかのような感覚になるこの石は、力自慢の大人がぐっと掴んでもびくともせず、かなり深く埋まっているような感じもするので、もしかしたら表に出ているのは一部だけでかなり大きな本体がその先に埋まっているのかもしれないと放置していたものだ。
 放置していたからと言って、何か不便があるわけではない。引っ越してきた時点で子供はもう十分に大きく、庭で駆け回って遊ぶような歳でもなかったので、庭はガーデニングと洗濯に使う程度でしかなく、この石のすぐ横に木製のテーブルを据え付けてあるので、特に邪魔だと感じることもなかった。それゆえに、この家に引っ越してきて20年ほど経つが、30センチほどの高さの――というより、30センチしか見えていないわけなので実際の大きさはわからないのだが――この石は、特に何もされることなくこの庭の風景に溶け込んでいた。そうしているうちにやがて庭で何かすることもなくなり、半ば朽ちた机と共にこの石の存在も忘れていたのだ。
 ではなぜ、その石の話をはじめたかというと、建物も老朽化してきたし、私達もずいぶんと歳を取ってきたので、本格的にリフォームを行おうかという話になったからである。その時に、庭に関しても土に覆われて大雨では泥だまりになってしまう現状を変えたいと思ったのだが、リフォームに際し一度庭のものを全て片付けようとしたときに、先ほどの石が問題になってきたわけである。
 別に、どうせ掘り返すのであるから業者に任せればよいのだが、それ以前の問題として、その石に今までとは明らかに違う現象が起きていたのだ。それは、その石の表面の冷たさである。以前から氷のように冷たく感じるその石は、地下深くに大きく埋まっているからなのだと感じていたが、どうやらそういう次元の話ではないのだ。ひんやりと冷たいどころではなく、その石に水をかければたちまちに凍ってしまうほどの冷たさになっているのだ。
 さすがに不気味に感じて妻に相談してみたものの、今は冬場であるし、地下の何かが影響しているのだろうというので、心の片隅に何かが引っかかりつつも、その石のことについてはそれっきりになった。そうして私たちは一旦家を離れ、あとのことは業者に任せて、家のリフォームと庭の整備を行ってもらうことになったのである。

 それからしばらくして戻った時には、庭にあの石はもうなかった。業者に聞いてみたところ、やはりあの岩は重機でも動かせなかったために、ドリルのような物で二つに割ってから除去したのだという。ただ、不思議なことに、その石は地面に見えているあの大きさがほとんどすべてであり、地下までは繋がっていなかったのだという。石を真っ二つに割ってからは、見た目通りの、軽く持ち上げられるほどの重さになっていたらしい。
 その石は既に処分してしまったということだったが、業者に冷たさについて聞いてみると、ごく普通の石でしかなく、それほど冷たいとも感じなかったということであった。では、石にかけた水が凍ってしまうほどのあの冷たさは、いったい何だったのであろうか。
 結局は、あの石の正体は分からないままにどこかに行ってしまった。今となっては、綺麗になった庭で、置かれたベンチに腰掛けながら妻と会話しているときにふと、あの異常に冷たく、それほど大きくもないのに決して持ち上がらなかった石は何だったのかとたまに頭をよぎるだけだ。家もしっかりとリフォームされ、バリアフリーになって、妻も私もとても快適に過ごすことが出来ている。終の棲家としてほとんど不満はない。

 そう思っていた。庭に入り込んできた野良猫が、真夏の屋外で凍死しているのを見つけるまでの間は。



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