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『扇風機』
夏休みを前に職場の倉庫を掃除していたら、レトロ感溢れる扇風機が発掘された。青い3枚羽に銀色メッキのギラギラとした見た目で、風量調整ボタンがバチン、バチンと大きな音を立てて鳴る、昭和といえばこれ、というような扇風機であった。正直見た目からして動くとは思っていなかったが、意外なことに軽く掃除をしてコンセントに繋いでみたら、全く問題なく動いた。多少の雑音はあるが、それでも風を送るという扇風機の本分はこなしているので、せっかくだからと私が普段使わせてもらっている休憩室に持ち込むことにした。 休憩室がまた実に古臭い部屋で、この社屋自体が非常に古いものではあるのだが、休憩室はなんと和室で、六畳一間にいくつかの座布団が置かれていて、そこにちゃぶ台と冷蔵庫が据え付けられている、会社の一室というより、昭和の貧乏アパートを連想させるような部屋だ。そこにまた実に昭和らしい床に据え付けられたエアコンがあるが、正直冷えが悪くて現代の日本の夏にはパワー不足なので、この扇風機の参加により、部屋がある程度快適に使えるようになったのと、さらに部屋のタイムスリップ感が増したという点においては、ある意味でこの部屋の居心地は向上したといえる。 私は平成生まれなので、いわゆる昭和レトロというものはある意味新鮮に思える。社員は大半が50代で、若い人員は私と他の数人だけだ。そして他の社員たちはみなこの中途半端に蒸し暑い休憩室より、最近建て直された食堂の方がエアコンが効くし過ごしやすいという事でそちらに行く。会社のルールとしては昼食や休憩時間には食堂か休憩室いずれか好きな方を使ってよいとなっているが、結果的に、冷房設備が不十分なこの休憩室はほぼ私が独占して使用できることになっていた。綺麗で涼しい食堂より確かに過ごしづらくはあるかもしれないが、昭和レトロのよき雰囲気があるこの部屋を、私は非常に気に入っていた。 私は休憩時間になるといそいそとこの部屋に入り、窓を開けて扇風機の電源を入れる。日差しが入る部屋ではないので、窓を開けて扇風機をつけるだけでも休憩時間程度の短い時間であれば――もちろんこの部屋で一日過ごすとなれば暑いのかもしれないが――充分に過ごしやすい部屋だった。私自身暑がりの為快適とは言えなかったが、人が多い場所で過ごすのが生理的に無理な私にとって、この誰もいない部屋は憩いの場だった。 ある日、いつものように昼休みにこの部屋に来て、いつも通りに扇風機をつけると、何故だか風が極端に弱く感じた。しかし、見たところ羽根は間違いなく回っているし、それが著しく遅いわけでもない。見た目的には全く問題ないのに、風がほとんど来ないのである。スイッチを何度オンオフしても、しっかりと羽根が回転しているのにも関わらず、ほとんど風が送られてこないのだ。 風の流れが悪いのかなと思い、扇風機を少し移動させてみると、今まで通り風が来るようになった。よく考えてみると、今日扇風機があった場所は普段は窓際にあるものが、どういうわけか部屋の端に移動されていたので、それが理由だったのだろう。それからは普通に風がくるようになったが、それにしたって、置き位置が違う程度でここまで風の強さが変わるのは、どうにも不思議であった。理由をいろいろと考えていたが、始業5分前を告げるチャイムが鳴り響いたので、私は後片付けを済ませて扇風機を止め、部屋を後にした。 それから数日は全く問題なく風が送られていたが、またある日、急に風が来なくなった。しかも今回は別に扇風機を移動されていたわけではなく、元々あった場所であるのにも関わらず、以前と同じようにほとんど風が届かなくなってしまったのだ。そうしてまた扇風機を移動すると、再び風は流れ始める。扇風機の前にも後ろにも別に風を遮るようなものはなく、何故こういう事が起こるのか、全く分からずにいた。それから何度も定期的に同じようなことが起き、だんだんと不気味に感じてきた私は、あの休憩室を使わず、皆が集まる食堂の方を使うようになった。なぜ不気味に感じたのか、それは風が止まるときに、自分以外の誰かの気配を感じることがあったからだ。 それからしばらくはあの部屋に入らずにいたが、それから半年が過ぎたある冬の日、私はその理由を知る事となった。勤務中に調子が悪くなってしまった後輩を寝かせるためにあの休憩室に入ると、夏から出しっぱなしだった扇風機の前に、現在のものではない作業着を着た男性が、まるで風を独り占めするかのように扇風機の前に跪いていたのである。私は思わず悲鳴を上げそうになったが、体調が悪い後輩を放り出して逃げるわけにもいかず、ひとまず休憩室の隣にある応接室のソファーに寝かせ、再び恐る恐る休憩室を覗き込むと、もうそこに、あの男性の姿はなかった。 終業後に古参の従業員に聞いてみたところ、数十年前、ひどく暑い日に体調を崩して休憩室に駆け込んで扇風機を浴びていた一人の男性従業員が、彼の先輩であるとある別の従業員によって無理やりに現場に連れ戻され、その後熱中症で亡くなったのだという。それからというもの、扇風機を回しているといつの間にかあの従業員がこの扇風機の前に来るようになり、それを恐れた従業員たちの手によって、扇風機はあの倉庫にしまい込まれたのだという。そしてそのまま忘れ去られていた扇風機を、私は引っ張り出して勝手に使っていた、という事になるわけだ。 私が事情を話すと、社長の提案で、あの扇風機はお祓いに出されることになり、それと同時にあの休憩室には新しいエアコンが設置された。涼しくなった休憩室ではあったが、それからしばらくしても、私があの男性の霊を見たことが広まってしまったのもあってか、他の従業員達は休憩室には近づこうとしなかった。結果として私は、快適でありつつも昭和レトロ感を残す最高の部屋を、実質独り占めできるようになった。 私は別に、この部屋にいることを怖いとは感じない。なぜなら、私は知っているからだ。社長が扇風機を運び出してから、彼がこの部屋にいないことも、そして、先ほど述べた「先輩である別の従業員」が今の社長であることも。 彼は今、社長の席のすぐ後ろに、じっといつまでも立っている。 あおたま怪談に戻る ▲ページの上部へ |