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![]() 『部屋のメモ』
![]() 転勤が決まったのはかなり急なことだった。田舎住みで地元の企業に就職しだらだらと生活をしていたが、東京の本社に転属となったのである。僕はもともと人付き合いも全くせず、大して会話もしない家族と実家暮らしで、地元にしがみつく理由は大してありはしない。転属で給料も大幅にアップするとのことだし、荷物をあまり持つようなタイプでもなく、車も持っていない僕にとって、東京への引っ越しでマイナスになることなど一つもなく、申し訳なさそうな上司の言葉に、僕は二つ返事でオッケーを出した。アパート探しについては本社のこれから僕の上司になる方が手伝ってくれて、環境の割にはずいぶんと家賃の安い、それでいて築5年程度の比較的新しいいアパートを借りられることになった。部屋は1K、6畳のフローリングで、トイレとお風呂は別、駅からは歩いて15分だが、スーパーまでは歩いて5分、そして会社からは歩いて3分というかなりの好条件であった。 引っ越し初日、僕は新しい部屋に、新品の布団と洗濯機だけを持ち込み、あとは仕事周りのノートパソコンと最低限の服だけというかなり身軽なスタイルでやってきた。ほぼ荷解きも必要なかったし、洗濯機は前日に業者が搬入、設置をしてくれた。エアコンや冷蔵庫はもともと備えつけられているので、本当に簡単な引っ越し作業だった。 そうしてすべての作業が終わったものの、別にやることがあるわけでもないので部屋の中を色々見て回っていると、クローゼットの上段、中央に1枚の紙が落ちていることに気づいた。手に取ってみるとそれは1枚のメモで、何やら住所が書いてあった。それはこの部屋の住所でないのだけはわかったが、いかんせん土地勘のない場所であるので、その住所がどの程度遠いのか、何があるのかなどは全くわからなかった。スマホで調べてみると、建物や店などの情報は出なかったが、最寄り駅から電車とバスで30分もあればたどり着ける場所らしい。まだ午前中だし、せっかくなので僕はその紙に書かれた住所に何があるのかを見に行くことにした。 徒歩で駅まで行き、地元のICカードではこれから色々と不便があるだろうと思いSuicaを買ったとき、ああ、いよいよこれから僕は東京で生活をしていくのだな、という実感が急に生まれて少しわくわくしてきた。仕事はできる方であったと自負しているが、学生時代もさして目立たず、職場でもほとんど人と話さないような僕が、今回東京に転属になったのは、僕の仕事ぶりを本社の人間が高く評価してくれたかららしい。その話を、引っ越しを手伝ってくれた上司に聞かされて、僕は初めてここに存在する喜びというものを覚えたのである。 電車に揺られて5駅先、住所にある地名の駅で降りてみたが、正直乗ってきた最寄り駅とあまり差が感じられない。地元では下手に寝過ごすと全く知らない、建物すらもほとんどないような絶望の駅に連れて行かれることが多いので、どこまでも都会が広がっているこの東京の環境に慣れることができるか、それが少しだけ不安だった。 スマホのアプリを見ながらバスに乗ろうとして乗り口を間違えるという典型的なあるあるをやった後で、目的地最寄りのバス停を降りると、確かにそこは都会の喧騒の中ではあるものの、他よりは少しばかり平穏な場所であった。それほど高くもないビルがいくつか並んだ大通りを一歩入ると、田舎で見ていたような民家が立ち並ぶ――もっともその1軒あたりの大きさや綺麗さは田舎とは別だが――ごく普通の住宅街だ。目的地の住所はここから徒歩で10分、この道をまっすぐ行ったその突き当たりだ。見慣れない土地の空気感をその身に浴びながらまっすぐ歩いていくと、そこにはひどく古い神社があった。神社の名前を示すようなものは一つもなく、アプリで調べてもその名前すら出てこない。覗き込んでみると、鳥居の向こう側は異様に暗く、その奥に見える小さな御社は半ば朽ちかけていた。何かの間違いではないかと周囲を調べてみるも、この住所に該当するのはこの神社だけだ。どういう理由でここの住所が書かれたメモが落ちていたのかはまったくわからなかったが、これもなにかの縁だと思い、とりあえず挨拶としてお参りをして、そのまま僕は神社を後にした。 家に帰ってみると、なんだか家の雰囲気が違って見えた。電気をつけても少し薄暗く感じた部屋は、とても明るく感じたし、湿気っぽく重かった空気は、まるで新築物件のように爽やかに感じた。これはもしかしたらあの神社のご加護なのではないかと、神を別に信じていない僕でさえなんとなくそう思った。 しかし、どうやらそれは間違いだったらしい。翌日隣人に挨拶して回ったときに聞いた話によれば、隣に住んでいた人はかなりの老人であったそうなのだが、僕が越してくる1年前に部屋の中で亡くなっていて、それによって人が寄り付かず事故物件になっていたらしい。そしてその老人が死の間際までずっと管理していたのが、あの神社なのだという。死の間際までずっとあの神社に思い入れがあって、しかし部屋で亡くなってしまい神社に行けなくなった、その魂を神社に導くことができたのかもしれないと、なんだかすこしだけ、いいことをした気がした。 その話を聞いた翌日にまた改めてお参りしようとそこに行ったとき、もう神社はそこにはなかった。そこにあったのは3階建てのビルで、壁は焼け焦げ、窓は割れ、警察が数人、現場検証で周辺を調べていた。近くで見ていた野次馬からは「伝統ある神社を潰してビルなんか建てた罰が当たったんだ」というような声が聞こえてきた。どうやら火災は昨日の昼間に起き、その際にオーナーが火に巻き込まれて亡くなったらしい。 一昨日の僕の行動は、思い入れのある場所に魂を導いたという美談ではなく、ただ単純に、復讐の手助けをしたというだけなのかもしれない。 ![]() あおたま怪談に戻る ▲ページの上部へ |