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□あおたま怪談 0004

『靴下』



 家の中であっても、裸足でうろつくのは嫌いだ。
 スリッパを履かずにフローリングなどを歩いているとぺたぺたと貼り付く感触が伝わってきて非常に不快だ。しかしだからといって素足でスリッパを履くのはなんだか気分が悪い。というより、スリッパ自体も嫌いだ。家の中を何かしら履物を履いて歩くことに、すさまじい違和感を覚えてしまうのだ。それに、大きさがぴったり合わないのも気持ちが悪い。ぴったりと足にフィットしてくれるのなら良いが、パカパカと歩くたびにずれて空間が空くのが、この上なく不快なのだ。
 その点、靴下は良い。ぴったりと足にフィットするし、ずれることもない。フローリングを歩いても、ぺたぺたと貼り付く感触もない。それに加えて、冬でも暖かさを保ってくれる。なので私はお風呂に入るとき以外は、常に靴下を履いている。もちろん、靴を履いた後でその靴下を履いたまま家の中を歩き回るわけではないし、それで布団に入るわけでもない。帰宅してからは一度履き替えるし、寝るときは寝るときで、ふくらはぎまで覆うやや大きめで厚手のものに履き替えて、快適に朝を迎えられるようにしているのだ。
 しかし、私はどうやら寝相が悪いようで、寝るときに履くこの靴下は、朝起きると足から抜けて、ベッドの足元側に転がっていることがよくある。毎日ではない。強い雨の日、それも、窓に打ち付ける水音が聞こえるくらいの日に限って、靴下はそうなっている。そして、その理由はわかりきっている。
 私は数年前の台風の日、不注意から用水路に転落して流され、偶然倒れていた木に引っかかって九死に一生を得るという経験があった。あの時以来、私は雨の日が本当に嫌いで、音を聞くだけでもあの時の記憶が蘇ってきて、たくさんの木やゴミと一緒に泥水に押し流されてあちこち皮膚を切り裂かれる痛みまでも、リアルに蘇ってくるのだ。その嫌な記憶によって、雨の日の私はひどく汗だくになり、そうしてその不快さから掛け布団をはねのけ、服を乱し、靴下までも放り出すほどに苦しむことになるのだ。
 だから、雨の日は耳栓をして、決して雨の音を聴かないようにして眠りについている。そうすることで少しでも恐怖を和らげて静かに眠ろうという工夫だ。しかしそれでも、特に強い、あの日のような雨の日は私はいつも、朝には布団も跳ねのけて汗だくで起きることとなっていたのだ。

 その日は、雨の予報も一切出ていなかった。いつも通りにパジャマに着替えて厚手の靴下を履き眠りについた私は、夜中に突然目が覚めた。気づけば外はひどい雨だ。大きな雨粒が、バチバチとガラスに叩きつけられる音が聞こえる。私は汗だくで、布団に入る前に履き替えたばかりの靴下まで、まるで水の中でも歩いたかのように汗で湿っていた。
 こういう日は、早く寝てしまうに限る。とはいえ、さすがに汗だくのままで再び眠りに落ちるのは不快すぎる。時計を見ると、今は深夜の2時ちょうど。まだ朝までは大分時間がある。私は一度布団から起き上がり、汗でじっとりと湿った服をとりあえず洗濯かごに放り込んで、着替えを取り出す。しかし、夜寝るときのための靴下が、今日に限って洗濯済みの物がない。室内用の靴下にしようかとも思ったが、正直それで布団に入るのは抵抗がある。仕方なく、私は珍しく靴下を履かずに、掛け布団を頭まで被り、足元の不快さを感じながらも、この雨の夜を早く終わらせるために、耳栓を両耳に押し込み、強く目を閉じた。

 それから少し経ったころ、私は全身に走る痛みで目を覚ました。
 それは、ベッドから落ちたことによるものだった。何事か、と思い、私は慌てて周囲を見渡す。どうやら、寝相が悪くて横に落ちたので無いことは確かなようだ。何故なら、今私がいるのは、ベッドの足元側なのだ。どう考えても、寝相が悪いくらいで足元側に落ちる事はない。大きな地震でもあったのかと考えたが、棚も倒れていないし、そもそも今現在全く揺れは感じていない。
 と、ふと違和感に気づく。靴下を履いていない足が、ひどく冷たいのだ。冷え性だから、というのはあるかもしれない。しかし、その冷たさがおかしいのだ。冷たいのは足先ではなく、足首なのだ。足首だけが、氷でも強く押し当てられているかのように冷え、そして、ぐっと圧迫されているかのように痛むのだ。
 私は恐る恐る足元を見て、全てを察した。雨の日に靴下が脱げている理由は、全て「これ」によるものなのだ。むしろ、私は今まで靴下を履く癖があったからこそ、今ここにあるのだ。そして、その習慣を破ってしまったことを、私はこれ以上ないほどに後悔している。

 水と泥に塗れた女が、私の両足をぐっと掴み、じっとこっちを見ているのだ。



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