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□あおたま怪談 0006

『門松』



 正月が近づくと、一軒家であれば門松を置くところも多いだろう。逆に言えば、正月が近づかない限り門松などお目にかかる機会はない。そもそも門松自体が年始の縁起物の詰め合わせのようなもので、それ自体が年神を迎えるための目印というものなので、年始以外に置く理由がはっきり言って全く無いので、見かけることが無いのも当然のことであろう。
 しかし、私の実家の近所、かなり高齢のご夫婦が住んでいる古い大きな家の玄関先には、年がら年中門松が置いてある。別にご夫婦が変わった人というわけでも、認知症が進んでいるわけでもない。通りがかった人には元気に挨拶をしているし、たまに自転車で二人そろって出かけていることを見ることもあった。むしろ、歳の割には異様に元気、という表現の方が近い。見た目からして80歳はゆうに越していると思われるが、腰が曲がる様子もない。歩くのもかなり早いし、耳もしっかり聞こえているようだった。年がら年中門松を置いているという事以外、何の不思議もない老夫婦であった。
 門松も出しっぱなしというわけでもない。前を通りがかるたびにどうしても目につくが、いつ見ても門松はきれいな状態で、松が枯れているとか、竹が汚れているとか、そういった状況になっていることが全くない。とにかくいつ見てもキレイで、いつ見ても、前日に設置したばかりというような雰囲気だ。
 それだけに、余計に気になるのだ。しまうのが面倒で放置しているとかではなく、きっちりと意味を持って、常に手入れをしてその門松を置いているのだ。それ以外に不自然な点が何一つないがゆえに、余計にそれが不気味なのだ。
 とはいえ、別にだからどうというわけではない。そのご夫婦と親しいわけでもないし、逆に何かトラブルを起こしているわけでもない。元気なご夫婦が住んでいるな、という程度の、ごく普通の近所の老夫婦でしかない。ただ、門松が気になって仕方がない、それだけだ。
 そんなことが気になっていたのは、昨日今日の話ではない。私が子供の頃からずっと、この家の門松は出しっぱなしなのだ。一度だけ、子供の頃にその門松について何故出しっぱなしなのか聞いたことがある。しかし、その時は教えてもらえなかった。というより、絶対に教えたくないという意思を子供でも感じ取れるほどに出していたのだ。というか、あの老夫婦は門松に他人が近づくこと自体を決して許していないようだった。来客も門の外で対応していたし、誰かが訪ねてきている様子も一度たりとも見たことはなかった。猫や鳥の類が門松に近づくのを鬼の形相で追い払っていたのを見たこともある。とにかく、あの老夫婦は、門松に異様な執着を持っていた。

 しかし、実家を出て独り立ちしてしまえば、そんなことなど簡単に忘れてしまう。実家を出てからもう20年くらい経っているし、あの年齢の老夫婦だ、さすがにもうこの世にはいないのだろうと思いながら、この門松の件を思い出した。両親はとっくに引っ越していて、何度か実家に帰るとは言っても、あの家の前を通る事はない。だからあれからどうなっているのか、私は全く知らなかった。ただ今日、両親の金婚式祝いで実家に行くことになっていて、なんだか急に過去に浸りたくなり、あの頃住んでいた家を訪ねてみることにしたのだ。
 もちろん、あの家がまだ残っている保証はない。引っ越してから数えても軽く10年は経っているし、今頃更地になっているかもしれないし、ただの廃墟になっているかもしれない。そのまま次の人が住んでいれば、前を通る事で懐かしさくらいは感じられるだろうと思った。
 近くのコインパーキングに車を停め、徒歩でかつての実家に向かう。建物はまだあった。今はどうやら別の人が住んでいるようで、入り口には子供用の自転車が二台置かれている。しかし全体的な面影はあの頃のままで、懐かしさで涙が出そうになったが、それはすぐに引っ込んだ。何しろ、ふと目をやると、あの頃と同じままに、あの大きな古い家から、老夫婦が出かけていくのを見てしまったからだ。
 どう考えてもおかしいのだ。あの老夫婦は、私がまだ実家暮らしをしていた時点でおそらく80は超えていた。それから20年以上経っていて、まだあの頃のままという事はあまりにも不自然すぎるのだ。どう見てもあの頃と見た目は変わらないし、足取りも全く変わらない。
 背筋に何か寒いものを感じながら、私は母にラインをして、あの老夫婦について少し質問をしてみた。すると、ほどなくして母から返信が来た。
『あのご夫婦、貴方が生まれた頃に70歳になったって言ってたわよ』
 ラインにはそう書いてあった。ということは、単純計算でも、あの老夫婦は120歳近いことになる。そんなことはまずありえない。ましてや、仮に実際その年齢であったとしても、それが二人そろって、足取り軽やかに歩いていくなどあり得るはずがない。
 老夫婦が去ったのを見て、私はゆっくりと屋敷に近づき、門松を見る。門松はあの頃と同じままに、ピカピカのままを維持していた。そして、ふと私は気づいたのだ。門松のすぐ横に、植木の蝋梅が美しく咲いている。蝋梅が咲くのは冬だが、今は8月。どう考えても、季節的にあり得ないのだ。
 もしかして、この門松は、この空間の時間を止めているのではないだろうか。

 不法侵入になるのを承知で、私は門を恐る恐る開けて、中に入る。すると、中はひんやりと冷たい空気が漂っている。真夏のそれではない、これは、1月の空気だ。やはりこの門松は、時間を止めているのかもしれない。ゆっくりと門松に近づいてみると、松も竹も本物が使われている。どう考えても、どれだけ管理したって長い年月を耐えられるようなものではない。
 と、その時、門が背後で開く音が聞こえた。慌てて振り返ると、宅配の人間が私の姿を見つけ、インターホンも押さずに入ってこようとしていた。そして、振り返ったその瞬間に、服の裾が引っかかって、門松の片方を倒してしまった。
 直後、さっきまで1月の気温だった周辺の空気は、真夏の空気となった。横にあった蝋梅はすっかり枯れてしまい、近くにあった別の植物もまた、一瞬で枯れてしまった。門松は先ほどまでみずみずしい葉を広げていたのにも関わらず、松の葉は茶色く枯れ、梅の枝は無惨に折れて、竹は変色して亀裂さえ入っていた。
 目の前で起きた急激な変化に、私は呆然と立ち尽くしていた。不法侵入がバレるとか、背後から声をかけてきている宅配の人間にどう対応しようかとか、そんな事はどうでもよかった。それ以前に、私は不安で仕方がなかった。
 止まっていた時間が動き出した今、あの老夫婦は、いったいどうなってしまったのか。宅配の人間を適当に受け流し、逃げるようにその場を去って以降、その結末は、あれから数年が経った今もわからない。ただ、それから何度もあの家の前を通ったが、一度も夫婦の姿を見ることはできていない。



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