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□あおたま怪談 0007

『衝立』



 個人の自由な空間を作りたいという社の方針もあるし、この流行り病の時勢柄というのもあるが、何より仕事に集中するためという目的で、わが社のオフィスにはそれぞれの席を囲うように衝立がある。衝立は立ち上がっても背伸びしなければ向こう側が見えないくらいに高く、入り口となるところ以外四方がきっちりと囲われていて、それはいわば、天井のない小部屋というくらいの広いものだ。衝立自体もなかなかに丈夫で、軽く触ったり押したりした程度で揺れるようなものでもない。内側は別に何をしても構わないので、みな思い思いのインテリアを、剥がせるタイプの粘着式フックなどを用いて飾っているのだ。
 私は逆にいえば、あまりごちゃごちゃしたのが好きではないので衝立の内側には何も設置していない。衝立自体もそもそも暖かみのある木目がプリントされた素材なので、何かを飾らなくても十分に無機質さは削減されている。カレンダーなどはパソコンのものを見ればいいし、時計だってそうだ。インテリアを飾ったところで、それを眺めながら仕事をするわけでもない。一息つくときの安らぎ、というのは多いに理解できるが、私の場合はそれは、衝立の木目を眺めているだけでも成立するのだ。そんなわけで、私の仕事エリアは、社内の他の面々としてひどくシンプルなものとなっているのだ。
 衝立のよいところは、回りが見えない分集中できるというのもあるが、それ以前に、回りの雑音をある程度シャットアウトしてくれることと、誰かが気軽に話しかけてこないということのふたつが大きな利点だと思っている。実際、仕事の用事以外でわざわざこのスペースの入り口まで来て話しかけてくる人間はいない。逆に、私が他の人のスペースに行くことはまずないので、先ほど述べたそれぞれの部屋の様子も、社内を案内されている頃に見ていたものであって、今どうなっているかは正直知らない。そもそもわが社の社員自体がそれぞれに関わりを持つタイプでもないので、他人とのコミュニケーションが苦手な私でも働きやすい。なんなら、この衝立とその社風がこの会社を選んだ理由ですらあるのだ。
 雑音をシャットアウトするとはいえ、完璧に防音なわけではない。いくら壁が高いとはいえ上は解放されているわけだし、入り口だって別にカーテンや扉があるわけではない。もっとも、入り口のカーテンはつけている人間も多いが、所詮それは防音にはさほど寄与しない。そんなわけで、他人のタイピング音などは普通に聞こえてくることがある。普段だと別に気にならないのだが、残業で夜が更けてきた頃になると、それがだんだんと気になってくる。そういう時は、パソコンにイヤフォンを繋いで、適当な音楽を流しながら仕事をしている。それが許されるというのも、この会社の好きなところである。

 その日私は、ちょっとしたポカミスをしてしまい、普段より眺めの残業をしていた。普段だったらどれだけ長くても夜の10時まで会社にいることはないのだが、この日に限って、明日までにやらなければならないことをミスしてしまったので、出来上がるまで帰れない状況が出来上がってしまったのだ。時間を見ると、既に夜の11時を回っている。まだ8時くらいの気分でいたが、どうにも私はあまりにも集中しすぎていたようで、一段落ついてようやく、この時間の経過と、それと、自分の喉がからからに乾いていることに気がついたのだ。
 仕事もあともうひとつ、ふたつ作業を終わらせれば終了だ。さすがに少し疲れを感じた私は、一度休憩室でコーヒーでも飲もうと思い、イヤホンをはずす。すると、カタカタと、隣のスペースから作業する音が聞こえてきたのだ。
 たしか、私の隣のスペースは誰もいなかったと記憶していたが、そういえば数日前に、新人が入るかもしれない、という噂は聞いていた。だとするならば、今作業しているのは、その新人なのだろう。朝礼などでも別に何も言っていなかった気がするが、もしかしたら数日前、私がたまたま有給を取っていた日に入ったのかもしれない。それにしても、入ったばかりの新人をこんな時間まで残業させるとは、うちの上司もなかなかひどい人だ。
 休憩室でコーヒーを飲んできて、再び自分の机に向かい、ラストスパートとばかりに全力で仕事を終わらせる。明日は土曜日だし、このまま帰って昼まで寝ていても、全く問題はない。鞄に忍ばせていたチョコレートをひとつ口の中に放り込み、パソコンをシャットダウンし、帰り支度をする。その間も、隣のスペースからはタイピングの音がずっと聞こえている。お疲れ様の一言でもかけようかと思ったが、全く知らない人に話しかけるのもなかなか勇気がいることだし、そういったコミュニケーションが苦手な私に、誰だかもわからない人に声をかけるなどできるはずもなかった。
 見ると上司が残っていたので、仕事が終わった旨を報告する。そこでついでに、私の隣のスペースの人について聞いてみた。すると、上司から帰ってきたのは意外な返事であった。

 確かに新人は今日からそのスペースに来る予定だった。しかし、初出勤を目前に、交通事故で死んだのだという。



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