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□あおたま怪談 0011

『影』



 他人の家に呼ばれることは何度かあった。けど、他人の家に来て唖然とする、という経験はそれこそ初めてだった。
 新年会がてら同期の美樹の部屋で集まろう、っていうことになったんだけど、美樹はそれを少し嫌がってた。人に見せられる部屋じゃないから、とは言ってたけど、今回集まる4人のうち、その日に家なり部屋なりが自由に使えるのは美樹だけだったし、新年会シーズンで急に決まった飲み会なんて予約できるはずもなかった。じゃあ何見ても引かないならいいよってことになって、その言葉の意味が解らなかったけど、私たちは全然気にしないから、っていうことになって、結局美樹の家に集まることになったのだ。
 で、今日。実際に美樹の部屋に来てみて、引きまではしないけど、ものすごく驚いた。ワンルームのマンションの一室で一人暮らしをしているらしいんだけど、部屋は綺麗に整頓されているし、インテリアもさっぱりとしていて、むしろ写真で見るようなモデルルーム級の綺麗さだ。足元にはゴミ一つ落ちていないし(美樹以外の私たちの部屋はだいたいペットボトルの1つや2つ転がっている部屋ばっかり)むしろ生活環を感じさせないレベルの非常に整った部屋だ。
 じゃあ何に驚いたかというと、その部屋の照明。天井に一つの照明もなく、部屋の明かりは全て、壁に沿うように(しかもかなり低い位置に)設置された間接照明だけなのだ。天井にシーリングライトがついてはいるが、そのスイッチはマスキングテープで固定されていて、点けられないようになっていた。全体的に薄暗いこの部屋の照明は、全て間接照明のみで構成されているのだ。
 それ自体はまあ、わからなくもなかった。美樹はあまり目が良くなくて、強い光を見ると目がくらむというか、体調を崩すとかいう話をしていた。日ごろからいつもまぶしそうにしているし、職場で使っている彼女のパソコンも、明るさの設定は最低レベルで、私たちにはほとんど見えないほど暗い。だから、生活の中で照明が直接目に入らないようにする工夫なのだろうと思った。ただ気になって仕方がなかったのが、天井の色だ。普通、天井は白とかベージュとか、あるいは木とか、ある程度明るい色になっているイメージがある。しかし、美樹の家の天井は、真っ黒だ。薄暗い部屋と相まって、シーリングライトの傘以外はもはや何も見えないほどだ。
 ただ、逆に言えばそのくらいだったし、日常生活を送る部屋としてはあまり落ち着くものではないけれど、純粋に格好いい部屋だな、ということで、それ以上何か突っ込みを入れるようなことはなかった。むしろ、おしゃれなバーのような非日常の空間に、私たちのテンションは爆上がりしていた。

 仕事の愚痴だとか、彼氏の話だとか、あとはもういろいろに普段職場では話せないようないろいろな事を、私たちは日ごろの鬱憤を晴らすかのように喋った。私たち4人は同期でこそあるけど、全員配属された部署も違うし、職場内ではあまり関わることもない。残業のあるなしだとかも相まって、4人で集まる機会なんて本当に珍しいからこそ、かけがえのない同期4人での時間を、本当に純粋に楽しむことができた。
 そんな風に盛り上がっていたら、持ってきたお酒が底をついてしまい、この周辺に土地勘のある美樹が追加分を買ってきてくれることになったので、私ともう一人、同期の加奈だけがこの部屋に残り、あとの2人の帰りを待つことになった。
 何にも触らずにおとなしく待っているつもりだったが、待っている間にコンタクトを外した加奈が、部屋が暗すぎてそれを落とした上に見失ってしまった。探すにしても、上からの光が全くないこの部屋では、さすがに探しようがない。今は美樹もいないし、ということで、私はマスキングテープをちょっとだけ剥がし、シーリングライトをつけた。
 シーリングライトはまったく問題なく点灯し、コンタクトも難なく見つかった。しかし私たちは、それどころではない恐怖に襲われることとなったのだ。上からの照明がついた瞬間、ベッドの上に、不自然な影が出来たのだ。美樹が眠るであろう枕元、その上から覗き込むように人が立っているかのような影が。
 素早くコンタクトだけ回収して、私たちはすべてを見なかったことにして照明を消した。それから、ベッドから逃げるように、一番遠い場所に座りなおす。それから数分後、戻ってきた美樹は壁の照明スイッチを見て「点けちゃったか」と、聞こえるかどうかギリギリの声でつぶやいた。美樹は少し考えた上で、テープを剥がしてシーリングライトのスイッチを入れる。私と加奈はあわててベッドの方を見たが、そこに影はもうなかった。美樹もまた、ベッドの方に目をやっていた。そうして何やら少し考えたあとで、ほんの少し、本当によく見ていないとわからないくらいに小さく、安心したような、何かから解放されたような、そんな笑みを浮かべて、何事もなかったかのように、さっきまでと同じように座った。

 それからは正直、新年会どころではなかった。美樹もそれ以上何も言わなかったし、勝手にわざわざテープを剥がしてまで照明をつけたという後ろめたさもあって、私たちから聞くこともできなかった。1時間くらいして大分時間も遅くなったということで、私たちはそこで新年会をお開きにし、それぞれの家に帰ることとなった。
 帰りの電車の中、加奈と二人で「あれは人だったよね」とか「事故物件だったりするのかな」などと、ひそひそ話をしていた。きっとあの間接照明だらけの部屋も、真っ黒な天井も、あの「誰か」の影をどこにもうつさない為の工夫なのだろう。だとしたら、なんであの後、美樹がライトを点けたのか、なんであの後、影がいなくなったのか、なんで、美樹は笑ったのか。何も理解できなかったけど、これ以上考えていると夢見も悪くなるだろうし、途中で話を打ち切って、駅からの帰り道で加奈と別れて自宅へと帰った。
 私はまだ実家暮らしなので、家に帰れば両親もいるし、妹もいる。恐怖を感じる体験の後だったから、それが本当にうれしかった。「ただいま」と声を掛ければ「おかえり」と返ってくる安心感は本当に良いものだなと、そんなことを考えながら2階の自分の部屋に入る。

 電気を点けたら、ベッドの枕元が、なんだか不自然に暗くなっていた。まるで、人がそこにいて、覗き込んで影を落としているかのように。



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