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□あおたま怪談 0012

『居酒屋』



 いつの間にか眠ってしまっていたようで、鉄橋に差し掛かった音と衝撃で目を覚ます。果たして、どれほど眠ってしまっていたのだろう。窓の外を見ると、私の知らない風景が広がっている。どうやら、降りる駅はとうに過ぎてしまったようだ。まあそれは、目を覚ました時点で分かり切っている。そもそも、私が乗った駅から目的地の駅までの間に、鉄橋など一つもないのだから。
 別に、寝過ごしたことに対する焦りはなかった。今日は定時で帰ってきたし、明日は休みだ。このままぶらりと見知らぬ駅で飲み歩くのも悪くはない。カバンに詰め込んだ作業着が少々邪魔なだけで、それ以外に大切な荷物などない。これもまた天啓であると、私はゆっくりと息を吐く。車内にいるのはどうやら私だけのようだ。隣の車両にはまだ数人乗っているようだが、この路線で、皆が乗り換える大きな駅を過ぎたその先に行く人は、おそらく日に数人いるかどうかだ。終点まで行ってしまうと山奥になるので、私はとりあえずゆっくりと立ち上がって、ドアの前に移った。
 ほどなくして、電車は古臭いブレーキ音を響かせながらゆっくりと停止する。私はボタンを押して扉を開け、駅名すら知らない駅に降り立った。幸い、今日はそれほど寒くない。それなりに明りもあるようだし、飲み屋の一つくらい開いているだろう。帰りの電車がないと困るので時刻表を見ると、思っていたより遅くまで電車はあるようだ。私はスマートフォンで時刻表の写真を撮ってから、古ぼけてはいるが美しく、どこか懐かしさを湛えた立派な駅舎を眺めながら、観光客気分で外に出る。

 駅を出てすぐ、数件の飲み屋が立ち並ぶ路地があった。駅前はロータリーと言えるほどのものもなく、商店もほとんどないようだったが、そこからまっすぐ歩いてきたこの辺りはそれなりに繁盛しているようで、がやがやと男たちが賑やかに飲む音が扉越しにどの店からも聞こえてくる。おそらく、どこも満席なのだろう。
 そんな中で、提灯は出ているものの他より少し静かな店があったので、私はふらりと、吸い込まれるように引き戸を開けて中に入る。
「いらっしゃい」
 とうに80は越えているであろう店主が、カウンターから低い声でそう呟く。しわだらけの顔で、能面の翁のように微笑みながら、何も言わずとも小鉢にお通しを用意し始める。壁には色々なメニューが貼ってあり、酒の種類もかなり豊富なようであったが、私の他に客は一人もいなかった。
「お客さんはこの店初めてかい」
「ええ。電車を乗り過ごして、気づいたらこんなところに」
 私がそう言うと、店主は急に真顔になり、こちらをじっと見据えてくる。
「……何か?」
「電車を乗り過ごして、かい」
 言葉の意味が解らなかったが、私はとりあえず頷いておく。乗り過ごしてここまでくる人間がほとんどいないのだろうか。それほど珍しいことでもない気がするが、少なくとも店主にとって、私のような来客は珍しいのだろう。
 それ以上店主は何も言わなかった。私はいくつかのつまみと酒を注文し、ちょっとした非日常に心を躍らせながら、それらをちびちびと楽しんだ。料理は決してまずくはない、というか、美味い。色々な居酒屋を回ってきたが、私がしる限り、ここまで美味い料理や酒を出す居酒屋は初めてだった。うまい、うまいと褒めちぎりながら食事を楽しんでいるうち、時刻表の最後の電車が出る少し前の時間になっていた。
「ああ、おいしかった、ごちそうさまでした。それじゃ、お勘定をお願いしま――」
「ああ、それは別にいらんよ」
 店主は私の言葉を遮るようにそう言って、首を横に振る。
「え、だって……」
「いいよ。あんたは本来、来るはずじゃなかった客なんだ」
「え?」
「だから、今日の飲み食い分は私のおごりだ。なるたけさっさと帰ったほうがいい。店を出たら、まっすぐに駅に向かうんだよ。この店を出て、右にまっすぐだ。駅はその先のつきあたりだ。横道にそれないようにな」
 店主はそれきり、奥へと引っ込んでしまった。言っていることは本当にわけがわからなかったが。そこまで言われて無理にお勘定分のお金を置いていくのも逆に失礼かと思うので、奥へと向かって大声で「ごちそうさまでした!」と声をかけてから、扉を開けて店を出た。

 そして、全てを理解した。先ほどまでにぎわっていた通りはしんと静まり返っている。それどころか、全ての建物は朽ち果て、人の気配などまったくない。先ほどまで普通に舗装されていた道も、あちこちヒビ割れて草に覆われている。街灯もそれらしきものはあるが光は灯しておらず、今宵が満月でなければ漆黒の闇と成っていただろう。
 振り返ると、先ほどまでの店も朽ち果てた廃墟であった。私は背筋に冷たいものを感じたが、言われた通り、右へとまっすぐに、一切の横道――もっとも、道と呼べるような道はもう残っていない――に入らず、ただまっすぐに歩いて行った。
 ほどなくして先ほどの駅に到着し、ちょうど電車もやってきた。しかし、先ほど私が観光気分で眺めていた古い立派な駅舎はなく、ただコンクリートのホームだけが暗闇の中にぽつんとあるだけの、無人駅だった。



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