garasumire 
トップページ
▲トップページ
このサイトについて
▲沿革、概要
プロフィール
▲みずちあきらについて
配布物
▲BGM、モデル等配布
最近の活動・更新
▲最近の活動・更新
外部リンク
▲外部リンク
その他のコンテンツ
▲その他のコンテンツ

あおたまごちゃんねる
▲YouTubeチャンネル
※超不定期更新

TOP
□あおたま怪談 0016

『代償』



 古い人間なもんで、どうにも若いもんの趣味嗜好ってのは理解できねぇし、ハイテクだかなんだか知らねぇが、機械だのなんだのも判らねぇ。何しろうちの若い衆がスマホだとかいうもんを始業前だの昼飯時だのに死んだ魚みてぇな目をしてだらだら眺めてるってのは、傍から見たらずいぶんと滑稽なもんだが、あいつらはそれが楽しいっていう。老い先短い俺には、なんにもわからねぇ。孫にらくらく何とかとかいうちいせぇ携帯電話だかなんだかをもらったが、それすらも使いこなせねぇ。電話だのなんだのができるらしいが、息子や孫が掛けてきたときさえ、若い衆に聞かなきゃその電話を取ることさえできねぇほどに、俺は機械ってもんが苦手だ。
 そもそも今の俺の仕事には、そんなハイテクな機械なんていらねぇ。包丁を作って50年以上、俺はその作業のほとんどを自分の手と金槌だけでこなしてきた。そりゃあもちろん、うちにも大掛かりなベルトハンマーだのなんだのの機械はあるが、そういうのはうちの跡継ぎの息子だとか、あとはその部下の若い衆に使わせてる。これもまた古い人間だからなのかもしれねぇが、どうしても俺はこの仕事をやるなら手作業にこだわりたい。だから、一から十まで全部俺の手で仕上げる。そうかってそれだけじゃおまんま食っていけねぇから、本当にこだわりぬいた俺の包丁以外はそれなりに機械化して、それなりの額で出す。正直、機械だからいい仕事ができるってわけじゃねぇが、逆に言えば、機械だから仕事がよくねぇなんてこたぁねぇ。良さはわかっちゃいるんだが、どうしても俺は、この手で仕事がしたかった。
 とはいえ、俺も80を超えて、まだまだ若ぇモンには負けるつもりはねぇが、どうしたって力は衰えてくるし、若ぇ頃のようにバンバン仕事ができるってわけでもねぇ。たぶん俺が死んだ後はそんな無駄に時間も人も使う手作業は減っていくんだろう。どうせ老い先短ぇんだから、最期まで自分の仕事をこだわり抜かせろ、なんて言って、俺はいまだに手作業にこだわってる。どうしたって、俺は機械が嫌いなんだ。
 嫌いだ嫌いだっつっても、生きてりゃどうしたってあちこち機械だらけだ。最近じゃ何か買い物するにしたってセルフレジだのなんだのだって言うんで、そういう店は避けるか、あとは店員呼んで何とかしてもらってる。いろんな事務作業は息子たちがやってくれるが、その息子ももう還暦超えなもんだから上手く回らねぇ。そのうち、人間の仕事なんてなくなっちまうんじゃねぇかなんてことを思う。何しろ100円ショップに行っても包丁は並んでる。そりゃあ俺たちが作るものと比べりゃ月と鼈かもしれねぇが、そうやってうかうかしてるとすぐに足元掬われて、俺たちじゃなきゃできない仕事が、全部機械の独擅場になるかもしれねぇ。だからこの年になっても俺は勉強をやめないし、毎日鋼と向き合って、どうしたらもっと良くなるかばっかり考えてる。

 なんて、どんなに格好つけたって、俺も年寄りだ。ある冬の寒い日ちょっと調子が悪いなーなんて思いつつ仕事してたらいつの間にかぶっ倒れちまったみてぇで、目が覚めたら病院で、辺り一面機械だった。口にはなんか着けられてるし、横じゃ何かがピコピコ鳴ってやがる。どうやら、俺は大嫌いな機械に命を救われたようで、それがまた、どうにも気に食わねぇことではあった。
 うまいこと言葉が喋れず、体も上手く動かねぇ。いよいよお迎えが来たのかなんて思いながらぼうっとしていると、病室に息子が入ってきた。なんでもずいぶんと俺の調子は良くないらしく、毎日毎日年甲斐もなく仕事場で無茶をしてたのも良くなかったらしい。医者の話じゃ、俺はどうやら、治ったにしても今まで通り槌をふるうことはできないらしい。だとしたら、俺はもう生きたいとは思わなかった。生涯現役を貫いて、仕事場でぶっ倒れて死ぬなら、そりゃあ本望ってもんだ。槌の振るえねぇまま生きるくらいなら、そのままあっちの世界に行って、ずいぶん前に死んだかかあにでも会いたいと思った。
 しかし、運命ってのは皮肉なもんで、俺は結局、たくさんの機械によって一命を取り留めて、歩ける程度には治った。それだけでも大分奇跡的だったらしいが、右手に力は入らねぇし、細かい動きもできねぇ。毎日現場にはいくが、若い衆の仕事を眺めるばかりで、自分では何もできなくなっちまった。
 そうしていろいろ見てると、奴らの仕事は本当に丁寧だし、機械を使ってるからといって、質の悪いものなんて1本も出来ちゃいない。打ちも研ぎもすべてが完璧で、俺が誇りをもって作っていた包丁と比べてもなんの遜色もない、素晴らしいものだ。こうして考えると、俺はずいぶんと長い間、自分の仕事だけに夢中で、息子や若い衆のことをろくに見れてなかったな、と思う。自分で打てなくなって初めて、俺の知らねぇうちに成長していた息子たちの姿を見て、それはそれで、なんだか少し嬉しかった。
 それでも、俺は現場に立ちたかった。毎日毎日仕事場に行って、若い衆達の仕事を後ろから見て、何も言わずに見守ってやるだけ。それだけじゃどうにも物足りなかった。布団に入ると、俺は毎晩夢を見た。いつも通りに仕事場に行って、いつも通りに包丁を打って、そうして出来上がったものを眺めて胸を張る。朝起きてそれが夢だと気づいたとき、どうにも物悲しくなる。やっとこさ起き上がって着替えて、よたよた杖ついて現場に行って、そのくせ仕事の手伝いすらできねぇ自分が、たまらなくみじめだった。

 それから何か月か経った頃、現場を見ている真っ最中に、俺はまた倒れた。意識ははっきりしているのに、体が全く動かねぇ。駆け寄ってきた若い衆達の声は聞こえるが、何も答えることが出来ねぇ。いよいよお迎えが来たのだろうと、俺はなんだか嬉しく思った。もう、俺が死んだ後でも、俺が作ったものを超えてくるようないいものができるのは解りきってる。俺にはもう、なんの心配もねぇ。
 そうしていると、ずいぶん前に死んだかかあが真横に立ってるのが見えた。俺はずいぶんと、こいつに辛く当たってきた。だから、それを謝りたかった。ずっと俺は会いたかった。嬉しく思ってゆっくりと首を動かしてそっちを見たら、声が聞こえてきた。
「おまいさんの面なんか見たかないよ。人が死ぬ時だって仕事優先して会いにもこないで、それで今更なんだってんだい。あんたはずっとそっちでそうして惨めに暮らして、あたしがどれだけ虚しかったか思い知ればいいさ。それがあたしからの餞別だよ」
 まくしたてるような厳しい言葉だった。確かに言われる通り、俺は仕事に熱中するあまり、入院先から危篤だって連絡が入った時も、自分の仕事を終えてから駆け付けた。それだけじゃねぇ。俺はすべてにおいて自分本位で、かかあも息子も、家族全員のことなんて知ったこっちゃなかった。恥ずかしい話、俺は今こうして死にかけて、そうしてようやく会えた死んだかかあにそう言われるまで、それを反省しようと思ったことなんてなかった。
 茫然としているうちに、俺は完全に意識を失った。そうして目が覚めたら、病院のベッドの上だった。また、俺の大嫌いな機械に生かされたらしい。やっぱり、機械ってのは俺の思うようには動いてくれねぇもんだ。

 あれから、ろくに仕事もできないままに15年以上経った。だが、あれ以来倒れたこともなけりゃ、大病をしたこともない。いつまでたってもお迎えが来ず、最低限生きていける程度の力だけ残されて、俺はまだ生かされている。前に倒れたときの後遺症で右手はろくに動かねぇし、さすがに歳だからこまけぇものも見えねぇ。歩くのも杖がなきゃ危ねぇってんで、なんにも仕事はできねぇ。だがそれでいて、一度たりとも「死」という言葉がちらつくことがないほど、俺は元気だった。
 俺はあれから毎日、かかあの仏壇と墓に頭を下げてる。だが、どうやらまだ、俺は許してもらえねぇようだ。大好きな仕事もできず、死ぬこともできず、それ以外のことをする余裕すら与えられない地獄で、俺はずっと、あいつに許しを請い続けながら生きている。



あおたま怪談に戻る
 
▲ページの上部へ

Copyright (c) 2006-2023 Akira Mizuchi All Rights Reserved.