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□あおたま怪談 0024

『闇の中』



 SNSを日常的に利用していると、いつでも誰かが私のすぐ横にいるような感覚を覚える。そして私自身がそこで何かを呟けば、それが多数の人たちの中に吸い込まれるように消えていき、そして他の誰かがその呟きに触れずとも、またそれぞれに自由に呟く。それらの数多の呟きはまた虚空に吸い込まれていき、そしてまた私が、他愛もない、誰も興味がないであろうことを自由気ままに呟く。そんな、私に何の得ももたらしはしないルーティンの中にいて、私は日々充足していた。
 それが、いったいどういう事態だろうか。ものの1時間もすると私の視界は制限され、横にいたはずの数多の人々が暗闇の中に吸い込まれたかのように見えなくなる。確かに、そこにいるのだ。私からは見えないだけで、この闇の向こう側に、数多の人々が、それぞれにまた闇の中で気ままに、いつも通りにそこにいるはずなのだ。試しに、何か呟いてみる。まったく問題なく、その呟きは送信され、暗闇の中へと消えていく。相手は見えないが、しかし、いつも通りに自分の中の何かが闇に吸い込まれていくのが心地よく感じる。私はそれから、何も見えない状態のままで、何度となく、他愛もない呟きを送信した。調べたところ、私以外の誰もが同じように闇に包まれているらしい。ならば、私が何を垂れ流しても、誰に見られるわけでもない。そもそも、所詮このプラットフォームにおいて、他人の他愛もない言葉など、誰も見ていないのだ。私はなんとなく気が大きくなって、普段では決して表に出さない愚痴や、学校や先生に対する不平不満、果ては自分の性癖まで詳らかに綴り、そうしてそれが闇に消えていくのが、まるで自分の闇がこの画面に広がる闇の中に吸い込まれていくようで、私はやけにすっきりとした気分になった。
 そうしているうちにあっという間に時間が過ぎていき、いつの間にかスマートフォンの充電が切れていた。一体どれだけ呟いたのだろうか。自分の呟きが画像に表示されないので、どれだけ呟いても呟きすぎた、という実感を得られないで済む。

 ――だとするならば、誰にも見られなければ、より自由に自分のストレスを放出できるのではないだろうか。

 私はそう思って、普段使っていない物置部屋の前に立ち、扉を開ける。窓際に天井近くまで物が積まれていて、外からの光は一切入ってこない。昼間でも電気さえつけなければ真っ暗で、しん、と冷たい空気がそこに留まり続けている。真夏のひどく暑い日でも、その部屋の空気はいやに冷たく、子供の頃からとても嫌いな部屋で、高校生になった今でも、私はその部屋が嫌いだった。しかし、私が大嫌いなこの真っ暗闇の部屋を、私は今、たまらなく求めている。電源が入らなくなったスマートフォンを置き、私は真っ暗闇の部屋に向かって、先ほどまでと同じように、自分が抱えていたストレスを、時に口汚く、時に子供のような言葉で、闇の中へと吐き出した。吐き出された言葉は、全く反響することなく、まっすぐに闇に吸い込まれていく。自分の闇が、この暗い部屋の中に吸われて、晴れやかになっていくような気がした。
 さすがに誰かに見られながらは嫌なので、学校から帰ってすぐ、両親がまだ家にいない時間を狙って、私はその部屋に通った。そして、両親が帰ってくるまでの時間、私はその部屋の前に立ち、扉を開けて、暗闇の中に詰まった何かを吐き出し、そうして両親が帰ってきたと同時に扉を閉め、何事もなかったかのように振舞う。今までSNSでやってきたことを、自分の家の使われていない物置の、暗闇の目の前で行っているだけのことだ。しかし、実際に口に出すことで、私はSNSで吐き出していた時よりもはるかにすっきりとした気分になっていた。両親に強制されている優等生な自分を、今まで以上に自然に演じることができる。大嫌いだった部屋は、いつしか、私を維持するのになくてはならない部屋になっていた。

 それから、しばらく時間が経った頃、いつものように学校から帰ってきて、学校での愚痴を暗闇の中に投げ続けていたら、時間を気にするのも、足音を気にするのも忘れてしまっていた。呼びかけに私が応じなかったのを不思議に思った母が、階段を上がってきて、物置部屋の前の私が暗闇に何かを呟いているのを見たのだ。
「あんた……」
 母は呆然とした顔で私を見る。なるほど無理もない。ずっと母が望む通りの優等生を演じてきていた私が、真っ暗な部屋の前に立ち尽くし、何かをぶつぶつと呟いているのだ。頭がおかしくなったと思われても仕方がない。私は、完璧な優等生であるべきなのにそれを演じ続けられなかったのを悔やみつつ、ゆっくりと母に向き直る。
「ごめん、私――」
「それ、何……?」
 母は、明らかに何かに怯えていた。それは私が妙な行動をしていたからだと思ったが、そういうわけではない。母の視線は一方向に固定され、こちらには向いていない。どうやら、その視線の先は、部屋の中に向けられている。
 私は、部屋に再び視線を移す。冷静になって初めて気づいた。暗闇だと思っていたのは、暗闇ではない。それは質量を持った何かで、赤く光る瞳を持った黒い何かが、この部屋に、みっちりと詰まっているのだ。以前見た際はこの闇は確かに空間だった。しかしそれは私が吐き出した闇を糧に、まるで成長するかのように質量を増し、そうして今、この部屋を満たしたのだ。
「あ……」
 部屋に詰まった何かは、どろり、と扉の隙間から這い出てきて、大きな口を開けた。



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