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□あおたま怪談 0025

『開放厳禁』



 私の職場では、窓の開放を禁止されている。その理由としては虫やホコリ、砂塵などが入り込んでくることを防ぐためだと説明されているが、私はどうにもそれが不思議でたまらないのだ。食品関係の会社だとか、製造業だとかならわかる。しかしわが社はごく普通の商社であって、しかも販売している商品などは社内に置かれておらず、まったく別の倉庫で管理されている。しかもそちらは窓を開けてはいけない、などという規定は無いのだ。社内にあるのはごく普通のパソコンだけで、精密なサーバーがあるわけでもない。ホコリや砂塵を気にする割には、エアーカーテンなどが設置されているわけでもない。ただ「窓を開けてはいけない」という規律だけが、厳しく上から言われているのだ。
 別に、窓を開けてはいけないことが何か問題になるかと言われれば、そういうわけでもない。空調は常に快適に調整されているし、昨今の情勢を受けて換気扇は増強され、換気が不十分ということもない。特に不便を感じるわけではないので、それを気にする人間もほとんどいない。ただ私は細かいことを気にする性質なので、説明されている理由と実際の状況が合致していない事柄に、やたらに違和感を感じてしまうだけなのだ。
 とはいえ、別にそんな違和感も毎日ずっと持ち続けているわけでもない。すべての窓に赤い文字で「開放厳禁」と大きく書かれている異様な光景は気にはなるし、来社された顧客も違和感を覚えてはいるようだが、だからと言ってそれが何か問題になるわけではない。この会社に入って数年、当初思っていたそんな違和感も薄れ、ただ漠然と窓を開けてはいけないというルールだけは無意識に守るようになっている、ただそれだけのことなのだ。

 しかし、無意識にルールを守る、というのはよくない傾向だ。夏の暑い日の夜、会社で部長とたった二人だけで残業していた時、少し休憩してきた方が良いと言われて、1階の喫煙所に降りて一服していた。煙草を1本吸い終わり、残っていた缶コーヒーを流し込んで一つ伸びをして、私は持ち場に戻る為、階段を上る。と、その途中の踊り場に、一匹のカブトムシが落ちている。すべての窓は開けられることがない為、おそらくは玄関が開いた隙にでも飛び込んだのだろう。さすがに職場内に大きな虫が転がっているのは不快なので、外に出してやろうと私は思った。そこで、私はルールを犯したのだ。踊り場の窓を開け、カブトムシを外に逃がしたその瞬間、熱帯夜であるはずなのに、まるで冷凍庫を開けたときのような、すさまじい冷気が入り込んできたのだ。そしてそれと同時に、何かが焼け焦げたような、嫌な臭いもまた入り込んできた。
 バン、と音を立てるほどに強く私は窓を閉めた。熱帯夜であるから、窓枠はほんのり温かい。どう考えても、あれほどの冷気が外に満ちているとは思えない。にもかかわらず、あの冷気は何だったのだろうか。何かすごく、嫌な物を感じながら、私はそのまま階段を上り、部屋に戻る。

「おい」
 入った瞬間、部長が声を掛けてきた。
「お前、窓を開けただろう」
「え……あ、はい。虫が入り込んでいたので……」
「窓を開けるなと言われていただろう」
「一瞬であれば大丈夫かと思いまして……」
 私の言い訳に、部長は深くため息を吐き、頭を抱える。私はどうやら、取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか。しかし、いったいどうしたことだろうか。警報が鳴っているわけでもなければ、大きな虫が入ってきた様子もない。それ以前に、部長はずっとここにいたはずなのだから、廊下の先の踊り場で立てた物音など、ここに届くはずもない。
 怪訝に思っていると、部長はゆっくりとため息を吐き、やがて何かを諦めたかのように頷き、口を開く。
「いいか、この会社のルールは、ホコリや砂塵、虫の侵入を防ぐためじゃない」
「え?」
「そいつを入れない為なんだよ。……あまりにも仕事ができないからって俺がクビにして、その恨みで会社のすぐ外で焼身自殺したそいつをな」
 部長はそう言って部屋の片隅を指さしたので、私は恐る恐る、そちらに向きなおる。
 全身焼け爛れた、おそらく人であったであろうものが、真っ赤に充血した目蓋のない瞳を、じっと部長に向けていた。

 それからどうなったのかはあまり詳しく覚えていない。ただ覚えているのは、あの直後、部長の机が急に火に包まれて、私はあわてて消火器を手に取って必死に消火したものの、もうあの部屋を使うことはできない程度にはひどく燃えてしまった。駆け付けた消防に事情を説明――できていたかどうかはわからないが――して、そうして何もかもが終わった時には、あの焼け焦げた何かはどこにもいなかった。そして部長もまた、気づいた時には消えていた。あの化け物の力で机と共に火に包まれてしまったのかとも思ったが、そこに部長の亡骸はおろか、一切の手回り品さえ残っていなかった。そしてそれ以降、部長の行方は今に至るまでわかっていない。
 そんな事件のせいで一ヶ月ほど仕事は止まり、我々は隣の市にあるテナントを借りなおすことになった。あの事件からいろいろと事情聴取だのなんだので疲れ切ってしまっていたが、ようやく一段落ついて、職場の方でも大量の段ボールの開封が終わって、ようやく仕事が始まる。窓は大きく開けても全く問題はない。あの呪わしい建物からは遠く離れているし、恨みの対象であろう部長も、もうここにはいない。
 私は開け放った窓から外を眺める。秋の気配が近づいてきて、さわやかな風が吹いてくる。この一ヶ月、私はこうしてゆっくり外の風景を眺めたことなどなかった。あの目を疑うような事件の記憶が薄れぬままに、毎夜その光景が脳裏に浮かんで、どうにもならない不快な感情にむしばまれていたのが、こうして窓から吹き込んでくる秋の風によって洗い流されていく。

 ふわり、と何かが焼けたような臭いがして、冷たい風が吹き込んできた。



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