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□あおたま怪談 0026

『居眠り』



 同僚の居眠りには、いつも悩まされている。基本的にデスクワークなのだが、私と同期の男が、業務時間中に頻繁に居眠りをしているのだ。何度か注意したこともあるが、当人自身は別に眠いと感じていないというし、睡眠時間が特別短いわけでもないという。睡眠障害を疑って病院に行けと言ったが、実際に行ったのかどうかは知らないが別に何の問題もないと言われた、の一点張りだ。
 悩まされているとは述べたが、別にそれは直接的に私の業務を害するものではない。私の部署は非常に人員が少なく、いつも仕事をしている部屋には私とその同僚、そしてもう一人後輩がいるのだが、そいつは身体を壊して休職中。あとは上司が一応いるにはいるが、基本的に昼間の間は社内におらず取引先などを回っているので、事実上私と彼の二人きりだ。それ以外の社員は他の部署なので、彼の居眠りを知っているのは私しかいない。そして居眠りをしているとはいっても、彼は仕事は人以上に、それこそ私よりもかなり早いし、電話応対などについても居眠り中でありながら私より素早く電話を取るので、誰も迷惑を被っていないし、誰も彼のそんな状態を目の当たりにしたことが無いのだ。
 実際、眠くなるのかもしれない。かくいう私も眠くなることはあるし、一瞬船をこぎそうになることはある。この部屋自体がそういう環境なのか知らないが、今休職している後輩も頻繁に意識をなくしているときがあり、何度か注意したことがある。その後輩も悲しいことに私より優秀だったので、それについて厳しく言うことは出来ていなかったのだが。
 それにしても、彼の居眠りは目に余るものがあった。声を掛ければ反応するし、仕事は実際私より量をこなしている。けれど、本当にふと見たらいつも寝ている、と言っても過言ではないほどに彼は居眠りが多い。それでいて不思議なのは、彼自身に寝ている、という自覚が無いことだ。何回か声を掛けて起こした時も「え、寝てた、マジで?」くらいの受け答えを繰り返すばかりだ。一応当人としては気を付けているようだが、こうもいつも居眠りされていては、一緒の部屋で仕事をしている人間として、非常に不愉快であった。

 そんな日々が続いて、さすがに上司に一言くらい言っておいた方がいいかと、私は彼の居眠りを映像に収めることにした。仕事中、後ろからタイピングのカタカタという音がぴたりと止んで、振り向くとやはり彼は眠っていた。普段だったら起こすのだが、私はこっそりとスマートフォンを取り出し、カメラアプリを起動する。動画の録画ボタンを押した瞬間、私は一瞬、背筋が凍るかと思った。
 音もたてずに眠っている彼の身体に、無数の白い手が絡みついているのである。人間の手のようでいて、明らかに長く、まるで白く半透明な長い触手の先に手のひらが付いたような、そんな不自然な形をしている。手は彼の首をぐっと絞めるように掴んでいて、顔面や体全体にも無数に纏わりついている。私はしばらく茫然とした後動画を止めて、彼を叩き起こす。
「おい、おい!!」
 バシン、と音が鳴るほどに強く彼の背中を叩く。
「ってぇ! ……ええ、どうした?」
 普段であれば声かけで起こされるので、体を叩かれて目を白黒させている彼に、私は先ほどの動画を見せた。動画には確かに、やはり先ほどの白い手が無数に映りこんでいる。彼もまたその動画を見て、顔を青くする。
「なんだよ、これ……」
「わからないけど……、お前があまりにも居眠りしてるから動画に撮ってやろうと思ったら、こんな――」
「……」
 彼は先ほど白い手に絞められていた首筋あたりをさする。絞められていた感覚があるのか無いのかはわからないが、よく見ると、何かに絞められていたような跡がうっすらとついている。
「……おい、もう一回動画回してみようぜ。また俺机に向かうからさ、もし眠ったら、もう一回撮ってくれ。その手がどっから伸びて来てるのか知りたい」
「は……?」
 こういう時、彼は本当に豪胆というか、恐怖というものを感じないのかと疑いたくなる。こんな白い手があちらこちらから伸びてきている映像を見せられて、なおこの部屋に留まろうとすることがあまりにも想定外だったし、撮影するということは、私もここから逃げてはならないことになる。正直、こんな恐ろしいものを見てここにいることなどしたくなかった。今すぐ仕事も何も投げ出して部屋を飛び出したかった。しかし、彼は怯える私など目もくれず、自分のスマートフォンのカメラを動画モードで起動して手前向きに置きつつ、そのまま仕事に戻った。私は渋々それに従い、再び机へと向かう。
 それからしばらくして、またぴたりと彼の作業の音が止まった。振り返ってみると、彼はやはり眠っている。言われた通りにカメラを向けると、やはり無数の白い手が絡みついているのを確認できた。私はおそるおそる、手が伸びてきている方にカメラをゆっくりと動かしていく。どうやら、白い手は右側にある壁から伸びてきているようだ。この部屋の右側、壁の向こうは女子トイレになっていて、男しかいないこの会社において、基本的に普段使われることはない部屋だ。
 私は再び彼にカメラを向けながら、トントン、と肩を叩く。彼が起きると同時に、腕は消え去った。
「……ふーむ」
 彼は私の撮影した動画をひとしきり見た後で、自分自身のスマホも確認する。
「手、お前にも来てるな」
「は?」
 彼のスマホによって撮影された動画を確認すると、スマホで撮影している私自身が映っている。そしてその私自身にもまた、彼と同じくらいに無数の手が絡みついている。彼と違って首を絞められているような雰囲気ではなく、これから引き込もうとするかのような、何かを探っているような動きをしているのがとても気味悪かった。
「見てみっか」
 彼は席を立ちあがり、ずかずかと部屋を出て、女子トイレの扉を勢いよく開く。いくら人がいないことがわかっているとはいえ、さすがに女子トイレをノックもなしに開放するというのは、肝が冷えるものだ。それだけではなく、この部屋から白い手が伸びてきているのだから、そんな、もしかしたら化け物がいるかもしれない場所に突入するなんていうのは、にわかに信じがたい行為だった。
 彼はスマホのカメラを立ち上げてトイレ内を写す。しかしそこには何も映っていない。
「……ふむ。じゃ、俺また仕事するから、カメラ向けて見ててくれ」
「え、マジで言ってんのか? 女子トイレ撮り続けるとかさすがに嫌なんだが……」
「いいから、どうせ今日俺らの他にはこのフロア誰もいねぇから」
 そう言って彼はさっさと戻ってしまった。こうなっては今更引き下がることもできないので、私は仕方なくカメラを起動したまま、誰もいない女子トイレの中を撮影し続ける。やがて、何もなかった空間がうっすらと白くなり始めて、何か形を作り始めている。それは、人のような形だった。ような、というのは、人ではない特徴を備えすぎているからだ。真っ白な髪を床まで伸ばしたうつむき気味の女に見える。しかしそいつの腕は、2本ではない。まるで千手観音のように背中から無数の腕を生やして、それを壁越しに、我々がいた部屋に向けているのだ。
 私は彼を呼びに行こうと、カメラアプリを終了する。ピロン、という音が響いたその瞬間、すごく嫌な予感がした。空気が先ほどまでとは全く違う。まるで、凍り付くような冷たさになり、粘液のような質量をもって、私の身体を押し下げる。
 再びカメラを起動してトイレに向けると、画面いっぱいに、女の真っ白い顔が映し出された。白目の無い真っ黒な瞳と、耳まで裂けた口をゆがめながら、にたり、とそいつは笑った。

 それから私は半狂乱でそこから逃げて、部屋にいた同僚を叩き起こすことすらせずにその腕を掴み、椅子ごと引き倒して引きずり出すようにして建物の外へと飛び出した。幸い、あの化け物は追ってこなかったようだ。カメラを起動して出てきた方向を撮影しても、何も映ることはない。胸をなでおろすと同時に、あの狂気の笑みが鮮明に思い出されて、背筋が凍るように冷たくなる。
「はぁ、はぁ……はぁ、なんだったんだよ、あれ……。おい、大丈夫か?」
 掴んだ腕を離さぬままに、私は引きずり出してきた同僚にそう問いかける。科学では決して証明できない存在を目の当たりにして、もはや私は正常な判断能力を失っていた。今どうすべきか、この後どうするべきか、そして、あの腕は何だったのか、あの化け物は一体なんだったのか、休職している後輩もあいつにやられたのか、そんな難しいことを考えている余裕はなかった。もはやそれよりもっと単純な事の分別すらつかないほど、私の脳は混乱していたのだ。

 腕を掴んで連れてきたのが同僚ではなく、あの化け物であることも気づかぬほどに。



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