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□あおたま怪談 0031

『窓をふさぐのは』



  3月も終わりに近づき、そろそろ暖かくなってきてきた。暖房を使わなくてもそれなりに過ごしやすくなってきたし、窓を開ければ春の少し肌寒くも穏やかな空気が部屋の中に流れ込んできて、飾り気のない私の部屋に春の香りを運んでくれる。昨今では季節がほとんど夏と冬しかなくなってしまったような感じがするが、このわずかな期間に感じられる春が、私はとても好きだ。
 数年前に越してきたこの部屋は古びた2階建てアパートの2階、最も北側に位置する角部屋で、玄関側と北側に窓が、そしてベランダもあるので、風の通りがとても良い。玄関の横にある窓とベランダの扉を開ければ、春の心地よい風が室内をまっすぐに吹き抜けていく。おかげで、夏も窓を開けているだけで十二分に涼しいし、部屋の空気を一気に入れ替えることができるので、よどんだ空気が溜まることもない。古くてボロボロのアパートではあるが、生活する上ではこの上なく快適なのだ。
 先ほど私は北側にも窓があるといったが、そこは私は一切開けておらず、分厚いカーテンをかけたままにしている。それというのも、どういうわけかこの窓は全開放しても風が流れず、北側なので日が差すこともなくて良いことがないからだ。正直玄関側の窓はあまり開けたくない――防犯とかプライバシーとかいろいろ気になることもあるし――のだが、ベランダと北側の窓を開放しても、なぜかほとんど風は抜けないのだ。風の強い日であれば何かが吹き込んでくるなんてこともありそうだが、それもない。窓の外を風が流れることはあるが、直接部屋に吹き込んでくることはほとんどない。それが立地のせいなのか、或いは家具などのせいで風の流れが変わってしまっているのかはわからないが、さして開放しておく意味もないので、北側の窓については常にカーテンも窓も締め切っているのだ。

 ある日、親しい友人が家に遊びに来た。高校の頃の同級生であり親友であるが、卒業と同時に上京し、それからずいぶんと連絡が取れていなかったのだが、異動となり十数年ぶりにこの地元に戻ってくるということだったので、豪勢に肉でも食おうか、ということに相成ったのだ。
 いろいろに少しばかり値の張る肉を仕入れ、野菜を仕入れ、新品のホットプレート――何かの時につかうだろうと買ったがその何かがなかったものだが――をいそいそと取り出し、十数年ぶりの彼の来訪を待った。予定の時間より少し遅れたころ、玄関の呼び鈴が鳴り、扉の向こうから懐かしい声が聞こえてきた。
「久しぶり」
 ドアを開け、そう一言だけ声を掛けると、彼はあの頃とさして変わらぬ笑顔を見せる。
「狭いけど上がってよ」
「ああ。なんかいいな、こういう部屋」
 彼は丁寧に玄関で靴をそろえ、四畳半一間の狭苦しい畳の部屋に足を踏み入れる。部屋の中央に置かれたホットプレートと肉や野菜を見て、彼は嬉しそうに微笑む。
「すげぇ豪勢じゃん」
「なんせ十数年ぶりだからさ。普段はそんな飯に興味ないから適当なものばっか食ってるけど、なんかテンション上がっちゃって」
「酒もあるよ。ビールでよければ」
「上等。ありがたい」
 あの頃と変わらぬ関係性で、あの頃のようにいろいろと懐かしい話をしながら、二人だけの焼き肉パーティーは進んでいった。そのうちに、煙でだんだんと部屋が白くなっていく。
「窓開けるか」
 友人はそう言ってやおら立ち上がり、北側の窓を開けようと、カーテンを引く。
「あ、そっちの窓風通らないから、そっちとベランダ開けたほうがいいよ」
 私もまた立ち上がり、ベランダの扉を開け、玄関側も開けようと振り返る。と、彼は先ほどのカーテンを開けた姿勢のままで、じっと北側の窓を見据えているのだ。
「……どうした?」
「……あ、いや……。ごめん、ついぼーっとしちゃって」
 彼は窓を見ないように、後ろ手にカーテンを閉めた。どこか青白く汗ばんだその表情は、何か彼が、見てはいけないものを見たのではないかという印象を醸し出している。
「……何かあったか?」
「いやいや、マジでなんでもなくて。さ、続き食おうぜ、続き」
「あ、ああ……」
 明らかに、彼は何かを見たのだろう。その何かが気になって仕方がないが、正直、私はその答えを聞きたくなかった。この窓が不自然なほどに風を通さないのは立地の上でしかないとずっと信じていたが、私は実際のところ、信じているというより「そういうことにしたい」という感情が強い。なぜならばこの部屋は、反対側の角部屋の半額程度で借りることができる怪しい物件であったから。

 それから何事もなく焼き肉パーティーは続き、日付が変わる頃にようやく終わった。泊っていくことを勧めたが、彼はそれを頑なに拒否した。やはり、彼はあの窓の向こう側に何かを見たのだろう。私はそれ以上何も聞かず、足早にこの部屋を去っていく彼を見送った。別に、今日限りということではない。こちらにまた戻ってくるのだから、いつでもこういう機会は設けられるのだ。
 しかし、私はやはり気になってしまっていた。自分が霊感の類がないのをいいことに安い家賃で借りていたこの部屋の秘密を、彼が知ったのだとしたら。これまで気にならなかったこの部屋のことが、急に気になって仕方がなかった。カーテンを開けてみても、いつも通りに窓があるだけで、その外側の景色もいつも通りだ。窓をゆっくりと開けても、やはり風は入ってこない。
 私は、やめておけばいいものを、彼に「何を見たんだ?」というラインを送った。返信があったのは翌朝。そこには、こう書いてあった。
「窓の外、すぐ目の前に家があるじゃん。その家でさ、窓に手をついて、へばりつくみたいにじっとこっちを見てる女がいて、目が合っちゃってさ、下手なお化けとかより怖くて、固まっちゃって」
 その一文を見て、これまで感じてきた不自然さについての理由がわかった。この部屋の家賃が安い理由もわかった。この部屋が事故物件だからやたらと家賃が安いのだとすれば、その要因はこの部屋ではなく、外にあるのだろうということも。

 このアパートの北側は空き地で、その向こうは川。家などどこにもないのだから。



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