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![]() □だらたまご 2026/1/21 「仕事への姿勢」
![]() 働いて、働いて、……なんていう言葉が最近いろいろな意味で話題でございますが。 それに対する何かを述べるわけでもなく、賛成でも反対でもなく、ふと自分自身がどう 仕事に向き合っているのかな、というのをちょっと思い返してみました。 これが正しいなんて言う事はないし、他人から見てそれがどうなのかという事は別によく 自分自身がどう考えて仕事というものに向き合っているのか、ちょっと書いてみます。 さて、まずは私は何のために働くのか。 それは、しょうもない綺麗ごとなどではなく「好きな事をして生きていくため」です。 そして今の仕事を続けているのは「学生時代に内申点がやばかった私を拾ってくれた」と いうだけの会社で、なおかつ「それなりの収入が得られ」ており、そして一番大切なのは 「その会社を辞めるメリットが今すぐにはない」というだけの話です。 ただし、「仕事が嫌で仕方がないがしょうがなく働いている」ではありません。 正直今の仕事は、やりたくて仕方がない楽しい仕事、というわけではありません。 ただ、その仕事の中では嫌な事よりもやっていて本気になれることの方が多いのは事実で 現在のところは自分の仕事も自分のスキルを活かせる適所にいると思っています。 尚且つ、肩書は平社員であるにしても、会社の中で私より同一の仕事ができる人間は誰も いないという立ち位置を維持しており、その甲斐もあり仕事が出来ないことで怒られると いう事は少なくともここ数年1度もありません。 小さい会社であるとはいえ、そういう立ち位置で悠々と仕事ができる現在があるのは、 私自身の基本スタイルである「できないと言いたくない」思想が理由かなと思います。 私は昔から、どんなものであっても「まったくできない」という状況に陥る事を徹底的に 嫌い続け、「しない」ことはあっても「できない」という言葉を絶対に使いたくない、 その一心だけで色々な事にチャレンジし、それなりに形にしてきました。 それゆえに仕事についても、自分が同期の誰よりもできていなければいけないし、自分に 与えられた仕事は高水準で完遂しなければならない、そういったモチベーションがあって 仕事を「面倒だ」と思うよりも強く自分が「できない」という言葉を使うことが嫌すぎて いろいろな事を率先してやり、そして覚えるというスタイルができたのだと思います。 ただ、それが暴走して雑用的な物を押し付けられること……というより、私のスキル的に 役不足であると思う作業の押し付けを極めて嫌うという時期はありましたが……。 若かったころは誰かに仕事を邪魔されることを態度に出して嫌悪していたことがあって 同じ部署の人とぶつかることもありましたね……ナツカシヤ そんな性格から、新しい仕事を覚えるモチベーションや、その仕事の内容を高めていく、 あるいは自分自身でより工夫して良いもの、良い環境を作り上げるという積極性を高める モチベーションはもともとの性格としてありました。 そして同時に、「徹底した面倒くさがり」であるがゆえに、面倒な作業は徹底的に改善し 間違えなく、楽に、そして効率的に行う手法を生み出すという事を仕事でも日常でも行い それを社内で推進する業務もまた同時に行っています。 尚且つ「メモが心の底から嫌い」という性格もあり、メモしてそれを見なければ出来ない 作業はそもそもメモを取らせる方が悪いと思っているので、そういったものは徹底的に 標準化を推進しています。 そんな性格でガンガンいろいろな方面で仕事をしてきた結果、若さゆえの棘も大分取れて どことも対立することを避けつつしかし必要な事は回るように他人を程よく使いつつ、 そうして自分の守備範囲は徹底的にスキルを上げていく事で「とても仕事ができる」と いろいろな人に思わせるように振舞っています。 まとめると、 ①出来ないといいたくない→誰よりもできることが喜び→積極的に仕事を覚える ②徹底した面倒くさがり→面倒ごとは徹底的に楽にする→改善活動を推進する ③メモを取るのも取らせるのも嫌い→徹底的に標準化→別の人への引継ぎも楽に ④対立はだるい→対立しそうなところは上手く周囲を巻き込む→結果上手く回る というような自分の性格をそのまま仕事にぶち込んで、それがたまたまうまく作用して たまたまいい感じに仕事が回っている、という感じでしょうかね。 という性格と現状の仕事の様子を話した上で、ここからが個人的な仕事論。 言われたことを言われた最低限しかやらなくても、とりあえず仕事は回るでしょう。 そうして最低限の仕事だけをしても、少なくともお金はもらえます。 しかしそういう「最低限の作業員」でいると、「誰かに強く出ることができない」という 立場上の不利益が発生しやすくなるわけです。 私が上記の性格以外で仕事のスキルを上げるモチベーションとして最大なのは、そういう 「発言する説得力を得るための武器」を得るために「仕事のできる人」になる意志です。 もちろんどんな業種、どんな規模、どんな会社かにより色々と事情は変わってきますが、 少なくとも「仕事ができない人」というレッテルが貼られている人よりは、間違いなく 「仕事ができる人」のほうが他人を操りやすくなります。 そしてその「仕事ができる人」になるためには、他人がやるより自分がやった方がずっと 速く、ずっと正確である必要があると思っています。 そして速さも正確さも、訓練もさることながら、速くなる仕組み、そして間違えが起きぬ 仕組みづくりをすることである程度は解決できるので、少なくとも努力をしない人間より 優位に立つことができると思っています。 ただ訓練だけでスキルを上げようとしても限界はあるので、自分が求めるスキルを得る、 その為にはどうすれば近道となるのか、そういったことを全力で考えています。 言われたことを指示通りやるのは仕事として当然ですが、その指示から逸脱しない範囲で どうすれば早いか、どうすれば楽かを徹底的に追及することで、少なくとも私はこれまで いろいろな仕事をマスターし、高水準な仕事をしてこれたのだと自負しています。 じゃあ失敗はないのかと言われれば、当然いろいろなやらかしはやってきました。 しかし私は怒られるのが嫌いなので、一度失敗したことは二度と失敗したくないという トラウマが植えつけられますので、それが起きそうな状況になるとそれが想起され、逆に 徹底的にそのミスがないことを確認するようになりました。 そして、そのミスが思い返されることすらないように、事前に「起こりえない」という 状況をシステム化することで、そもそもミスをする要素すら無くすことを目的として、 いろいろな改善に取り組んでいます。 私はミスの繰り返しは仕組みの問題だと思っているので、どんな小さなミスであっても 起きない仕組みをどうすれば整えられるのか、それだけを考えるようにしています。 ミスが起きるには絶対に理由があるので、その理由が発生しないようにしていくことで 発生するミスをどんどん減らしていく事ができます。 そしてそれは速度や質も同じことで、遅くなる理由、質が下がる理由が沢山あります。 そしてその理由を一つずつ潰していけば、勝手に速度も質も向上していきます。 速い理由や質が上がる理由は私はないと思っていて、全てはマイナス要素しか存在せず、 それをどこまで徹底して潰していくかが結果につながるのだと思っています。 例えば、神という存在がいて、人間がそれになれない要素は何か、と聞かれたときに、 人間と神は違うとか、人間が生み出したとか、そういう考え方をするのではなくて、神が 正解だとするのならば、人間には何が足りないのかという面を見ていく考え方です。 もしも神にあって人間にはない要素をすべて解決できたとすれば神になれるでしょう。 それが出来ないからこそ、神という存在は神たりうるのだと思っています。 いわば私にとって仕事の能力向上とは、スキルを得る事よりも、そのスキルを得ることを 阻害してくる何かを徹底的に潰すことです。 あとはその仕組みを組み立てていけば、結果的にミスがない仕事ができるようになり、 速度も向上、品質も向上、結果的に「仕事ができる」と判断されます。 大企業などではこの「仕組み」が破綻した状態でしかもそれを破ることが徹底的に禁止 されているがゆえに問題になることも多々あるのでしょうが、そのあたりは中小企業の そういった「仕組み」を作る事もできる業務に従事している特権なのかもしれませんが。 てな感じの思想で仕事をしている訳なのですが、私の仕事論をまとめてみます。 誰よりも仕事ができる人間は、仕事ができない人間よりも味方を集めやすい。 それは結果として社内での自分の自由な発言や行動をするための武器となる。 そして仕事ができるようになるということは、速度が下がる理由やミスが起きる理由を 自分の中で探し出し、それを自分の中でマニュアル化して潰し込む事だと思っている。 いわば、仕事ができるようになりたいというモチベーションは、自分の立場向上の為。 そして、仕事ができるようになるという道筋は、邪魔者を徹底的に消していく作業。 物事の要素は全て減点方式であり、そのマイナスを徹底的に潰していくことで、全ては 向上していくのだと信じ、私は仕事も、日常も、全てのことに向き合っている。 そんなお話でした。 ![]() だらたまごに戻る ▲ページの上部へ |